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「生日快楽!」果てなく紡がれるレスリーへの想い
 今年は、レスリー生誕50周年。生誕を記念するいくつかのイベントに参加するために、9月9日、1年ぶりに香港へ降り立ちました。窓の外は、これまでに見たこともないような激しい大雨。それでもホテルに着いて休む間もなく、コーズウェイベイのビクトリアパークへと向かいました。そこではすでに「継続張國榮慈善日」が始まっていました。会場には昨年の四月と同じように大きなステージが設けられ、スクリーンにはレスリーの映像が流れ、場内を囲むようにレスリーの映画や音楽を紹介するパネル20枚が立てられています。6つあるブースでは、各国のレスリーグッズが販売されたり、夕方のオークションにかけられる商品がディスプレイされたりして、多くの人が立ち寄っていました。一般の市民の人達もたくさん来場して、何だか学園祭の会場に飛び込んだようなにぎやかさです。

 中央のスクリーンで流れる映像のうち、中でも目をひいたのは、世界各地のファンがレスリーの誕生日のために制作した映像でした。会場内を巡っていた私も、自然と足がとまり、いつしかその映像に見入っていました。レスリーがコンサートを開いた場所、映画のロケに使用した場所など、それぞれに所縁の場所をファンが訪れる映像。そして、それらに重ねるように、レスリーが実際にその場所にいる、あるいは演じている場面がたくみに編集されています。

 北京の映像では、『覇王別姫』のロケ地である梅蘭芳記念館や撮影所などを訪ねるファンの姿と、蝶衣を演じるレスリーの姿がかわるがわる映し出されます。台湾の映像は、96年に歌手復帰の記者会見を行ったホテルやサイン会の会場、上海は、8万人を収容するコンサート会場や、博物館など。京都、沖縄を撮影した日本の映像も紹介されていました。この日目にしたのはダイジェスト版だったようで、12日の誕生日のパーティ会場で、それぞれの地域のフルバージョンの映像を見ることができました。

 ひとしきり映像が流れると、メインイベントであるオークションが始まりました。80年代のLP、日本で発売された写真集などが次々とステージに登場。あちこちから声があがり、かなりの価格で競り落とされていきました。最後に出てきたのは、ティッシュの箱を一回り大きくしたようなひとつの箱。どうやらレスリー自身が使っていたマージャン牌用の箱だったようで、俄然空気が熱くなってきました。みんな譲る気配を全く見せません。最後に残った二人がステージ前に出てジリジリと競り合い、結局は1万香港ドルをゆうに超えた値段で北京のファンが獲得し、一斉に取材のメディアが取り囲むといった場面もありました。香港初日にして、テンションがみるみる上がっていきました。

 9月10日、日曜日。この日はLLA主催の「Flame in Our Hearts」に参加するため、午後1時にコンベンションセンターへ向かいました。入場と同時に、ロビーに並べられたレスリーの大きなポスターやバナー、ポストカードにみるみる人が集まりました。中でもものすごい人だかりがしていたのは、レスリーの衣装が展示されたコーナーです。ステージ衣装をはじめ、会見や写真集で身に着けていたものがその時の写真と合わせて10点ほど並べられていました。この衣装を目にしたとたん、なぜか切なく、悲しい思いがこみあげてきました。あまりにもレスリー自身に近いものを突然目にしたせいだったのでしょうか。
 写真集「レスリー・チャンのすべて」の表紙で、レスリーが着ていたワインカラーのシャツも飾られていました。手を伸ばして触れてみたい、と誰もが思ったはずですが、ここはとにかく警備が厳しく、たくましいお兄さんが「さっさと撮影して、早く進んで」と広東語でせかし続けます。どの衣装にも、その時その時の生き生きとしたレスリーの姿が重なって、何とも言えない気持ちでした。

 ホールに入ると、すでにほぼ満席。プログラムは、80年代のアイドル絶頂期のレスリーの映像からスタートしました。テレビ局からの放送では、観客席にレスリーが入っていき、ファンにもみくちゃにされていました。時折、レスリーが出ていたテレビコマーシャルが挿入され、場内は歓声に包まれます。映像が終わると、ステージで一人の男性がある曲を歌い始めました。なんとそれは、レスリーが亡くなった直後にサイトから流れてきた歌「哥哥」。その優しいメロディを久しぶりに耳にした途端、パソコンの前でこの曲を呆然と聞き続けていた、あの当時のどうにもならない気持ちが、わずかに蘇ってきました。

 そして、この会の最後を締めくくったのは、大きなバースデーケーキとシャンパンでの乾杯です。全員の手にシャンパングラスが渡り「Happy Birthday!」の掛け声と共に、あちこちでグラスを重ね合わせる音が響いていました。レスリーの横顔が描かれたこのグラスは一人一人へのおみやげでもあり、用意されたバッグに入れて大切に持ち帰りました。

 このイベントを主催したLLAの活動は一旦お休みに入るそうです。どのような事情があるのかは知りませんが、寂しいですね。最後にステージにあがって挨拶をするスタッフの中には、感極まって涙する人も見られました。「おつかれさま」の言葉をそれぞれに掛け合ってみんながホールをあとにしました。

 11日の午後には、「All About Leslie 継続張國榮珍蔵展」が開かれているディスカバリー・パークへ向かいました。チムサーチョイ駅からМTRに乗って終点の●(くさかんむりに全)灣駅までは約30分。この日は午後4時からレスリーに関するセミナーの開催も予定されていました。会場である多目的ホールの中央にステージ、観客用には約200席ほどの椅子が用意されていました。観客席の手前には、ガラスケースが何台も設置され、中には80年代のコンサートチケットや、ブロマイド、LP、ペプシコーラの様々なグッズなど、ファンがずっとずっと大切にしていた「お宝」がズラリ。

 初めて目にするものが一杯で、声にならない声をあげ続けたあとは、観客席の後ろに立って、スクリーンの映像を観賞。映画の名シーンやコンサートシーンを編集した映像に見入っていたその時、会場が急にざわざわとして、みんなの視線がスクリーンからはずれました。「何だろう?」と思った瞬間、ステージの上にある大型スピーカーに一匹の蝶。会場にいた誰もがその蝶の姿に目を奪われていたのです。香港では、亡くなった人は『蝶』になる、という伝説があるそうです。誰の頭にもこの時「ああやっぱり来てくれたね、レスリー」という思いがあったのでしょう。何だか鳥肌の立つような興奮が身体の中を通り抜けました。カメラでその蝶の姿をとらえようとする人、蝶に向かって手を差し伸べる人、そして、ハンカチで涙をぬぐう人。ほんのわずかな時間ではありましたが、不思議な時空に迷い込んだ気持ちでした。

 四時からは、ステージ上に男性一人、女性二人があがり、レスリーの歌や演技について語り合うセミナーが始まりました。映像を少し流してはそれについて、それぞれが語るというスタイルが続きます。残念ながら広東語でしたので全く理解はできませんでしたが、語る三人の穏やかな表情と、楽しそうにうなずく観客の笑顔に、そこにいるだけで幸福に満ちた気分になれました。こうやって、毎年誰かしらがステージに上がってレスリーを語り続けてくれることを願うと同時に、一人でも多くの人が耳を傾けてくれることを願わずにはいられません。

 9月12日、今日はレスリーの50回目の誕生日。今年の誕生パーティはミラマーホテルの最上階で午後6時から開かれました。事前に軽装は控えるように、とのお知らせがあったからでしょう。入場を待つ誰もが華やいだ装いで、誕生日を祝おうという明るい空気に満ち溢れていました。会場内に足を踏み入れてまず驚いたのが、その広さ。丸テーブルが60ほど並べられ、端から端を見渡すことはできませんでした。一つのテーブルには12名がすわっていたので、場内には700名余りのファンが集まったことになります。テーブルに用意されたメニューに目をうつすと、それぞれのメニューにはレスリーの曲名がつけられていました。「金玉満堂」「春夏秋冬」「Happy Together」といった具合です。

 会場内には大型のスクリーンが3台と、どのテーブルからも映像が見られるように、モニターがあちらこちらに置かれていました。レスリーの映像が流れる中、ケーキが中央に運び込まれ、いよいよ50歳を祝うパーティが始まりました。今年のケーキは、96年の復活コンサートの時のオープニング!ピラミッド型の覆いを取り外すと、紅いマント姿で手を振るレスリーが現れました。



 食事が運ばれ始めてほどなく、各国のファンがレスリーのために制作したビデオのフルバージョンが流されました。蝋燭に火を灯し、シャンパンで乾杯する笑顔を見ながら、いつかそれぞれの地のファンが辿った道を私も歩いてみたいと強く思ったものです。しばらくはレスリーの映像を見ながら食事をする時間が流れ、いよいよゲストの登場となりました。今年は何と、パッション・ツアーで一緒だったアンソニー、パトリック、ゲーリートン、そして音楽プロディーサーのピーターチャンの四名が会場に来てくれたのでした。アンソニーはピアノを、そしてレスリーから結婚をネタにツアー中何度もからかわれていたパトリックは、歌を披露してくれました。私たちファンにとっては、レスリーに所縁ある人とこうして会えることは、所縁ある場所を訪れることと同様に、とても感慨深いものがあります。特に音楽プロデューサーとして長年レスリーを支えたピーターチャンをこの目で見ることができて、私は嬉しくてしかたがありませんでした。

 パーティが後半に入ると、レスリーのリズミカルな曲が続き、あちらこちらで立ち上がって踊り出す人、歌い出す人。ホテルのボーイさんがお皿を運んで来てくれますが、次第にみんなの意識は料理を離れ、スクリーンのレスリー一点に集中していきました。パッション・ツアーのアンコールの映像になると、ほとんど総立ちです。気がつけばお料理はデザートへと進み、時間はなんと11時を過ぎていました。最後に抽選会が行われ、様々な賞品がたくさんの人の手に渡り、ラストは「共同渡過」を全員で合唱。12時少し前に、レスリー生誕50周年のパーティは終了しました。

 1年ぶりに訪れた香港。滞在中、少しでも時間があると「星光大道」に足を運びました。そこに行けばレスリーの映像や歌が流れていたからです。そこを歩いているだけで、香港を、レスリーを全身で感じ取ることができるような気がしました。香港の変化は著しく、行くたびに新しい建物ができ、懐かしいお店が姿を消す、その繰り返しです。でも、そんな香港にあって、ファンが紡ぎ続けるレスリーへの想いは、果てなく続いていくのだということを、改めて確信した旅でもありました。


レスリー、お誕生日おめでとう。



(by プリシラ)








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