
| ☆大阪 最終上映イベントレポート 「レスリーの鼻を流れる汗も、脚の動きも、トランクスのぶかぶかさ加減も、ママのベッドのランプの柄も、シーツのしわも・・・」 2005年7月2日、大阪のフェスティバルゲートにある動物園前シネフェスタにて《欲望の翼》さよなら上映が行われました。この日は映画に合わせてか、湿度が高く、朝から雨が降っていて、映画館へ向かいながら¨ヨディも私たちとの別れに泣いているのかなぁ・・・¨なんて思わせる空でした。 映画館のOPENと共に配られた整理券。 15時半からのイベントにもかかわらず、整理券が配られるということで、朝10時には多くの人が並んでいました。レスリーファンが朝早くから会場に足を運ぶのは以前から恒例のことですが、チケットを所持しているのだから別に並ばなくても良さそうなこの日、特に賑わったのには理由があったのかもしれません。レスリー所縁のゲストの方のお話をより近くで聞きたいという思いや、何より大きなスクリーンのヨディとの最後のランデブーは、よく観える特等席でどっぷりと浸りたい・・・そんな情熱の現われだったのではないでしょうか。 15時15分、入場と同時に、この日の為に作ったリーフレット等が配られました。その出来ばえの良さにこの日の「特別さ」を感じてドキドキしました。思わず「お金を出したらもっと貰える?」と、文字通り欲望のスタートとなりました。 《欲望の翼・ラスト》の上映の間は、とても特別な熱気を感じました。皆、「今日のこの上映で、レスリーの鼻を流れる汗も、脚の動きも、トランクスのぶかぶかさ加減も、ママのベッドのランプの柄も、シーツのしわも、全て逃さず脳裏に叩きつけるぞ!・・・」といった意気込みで観ていたのではないでしょうか。誰もがスクリーンに全神経を集中させている・・・・そんな空気が漂っていました。 そうして観ているうちに、他の俳優さんたちには申し訳ないですが、やはり群を抜いて上手く、ダントツな輝きを放つレスリーの素晴らしさに感動し、涙した方は沢山いらしたように思います。エンドクレジットではもちろん、自然と心からの拍手が沸き起こりました。「レスリー、やはり貴方は他と比べようがないわ!」と、拍手の音がそう聞こえました。 ■映画上映が終わって・・・ 大阪最後の《欲望の翼》上映後、フローレンス吉田さんと篠原さんにお話をして頂きました。日本に住んで20年以上という、香港観光協会大阪事務局のフローレンス吉田さん。ご自身は「レスリーのファンではない」と言われましたが、レスリーのコンサートで『香港から来た人は?』と言われ「は〜い!」と手を挙げたこと、明報周刊編集長の龍さんと楽屋へ行き、レスリーと一緒に写真を撮ったこと、そして、その写真が宝物になったこと等、とても嬉しそうに楽しそうに話してくださいました。 龍さんはフローレンスさんとの話の中で『香港のアーティストはたくさんいるし、ファンクラブもたくさんある。でもみんなの情熱は特別です。』と言われたそうです。また、フローレンスさんご自身も、「皆さんほど純粋で素敵なファンはいないと思います」と仰ってくださいました。ファンとしては、これ以上の褒め言葉はないですよね。また、私達レスリーファンを通してレスリーを見つめ直す事で、「香港人としてとても嬉しいし、誇りに思う」と仰いました。この言葉も、私たちには、レスリーを通してちゃんと香港と交流出来ているのかもしれないという、言い知れぬ喜びを与えてくれました。 大阪最終上映を締めていただくのは「思いがけず《欲望の翼》を見ることができて嬉しかったです。」とおっしゃる、配給であるプレノンアッシュ社長の篠原さん。 「14年前に購入した版権も7月9日で切れてしまいます。契約当時、この映画は二部作で、契約書にもパート2を3年だったか、5年だったか、それまでに撮ると書いてありました。ところが、この作品だけで二本分の制作費を使ってしまったらしく、できるわけないですよね。その後も全くパートUを撮る様子が無いので、何年か経って『いつできるの?』と聞くと、王家衛監督は『役者も年取ったしな』と笑ってごまかされちゃいました。」 制作費の無駄遣い(?)をしなければ、幻のパートUを観ることが出来たのか・・・そう思うと残念で仕方ないけれど、裏を返せば、それだけの時間や労力や費用を費やしたからこそ、この《欲望の翼》とい名作が生み出されたのかもしれません。そう考えると、むやみに王家衛監督に文句は言えないな・・・なんて思いながらお話を聞きました。 「《欲望の翼》を初めて観たのは91年の香港映画祭。レスリーの足音、《阿飛正傳》のクレジット、一場面一場面が脳裏に刻み込まれて、映像が貼りついて離れず、息をするのも忘れるくらい。放心状態のままホテルに戻り、シャワーを浴びながら目を閉じると映像が現れて『この映画をやりたい!』と思い、プロデューサーのシュー・ケイ(スー・チーではない)に電話をして聞いたら『まだ売れてないし、僕が預かってる』というので、すぐに会う約束をし『これは高いよ』と言われましたが思い切って権利を買いました。」 日本での徹夜の仕事明けで香港へわたり、僅かの仮眠も無く臨んだ映画祭での《欲望の翼》との出会い。眠気がさすどころか、あまりの衝撃で興奮状態に陥られたご様子で、この時の篠原さんの魂の興奮と直感と衝動買い(?)がなければ、私たちはヨディと出逢ってなかったかもしれないのです。本当に感謝。ただ感謝です。 こうして《欲望の翼》はプレノンアッシュにとって、新作映画配給の第一号になったそうです。 篠原さんはレスリーとの思い出も沢山お持ちだそうです。 「今日はレスリーのファンの方がたくさんいらっしゃるということで、レスリー縁の物を持ってきました」 そう言って綺麗なブレスレットを箱から出して見せてくださいました。 「これは『まだ来るな』と言われながらも行ったブエノスアイレスで買いました。ブエノスアイレスはヨーロッパから流れ着いた没落貴族が、家財道具を売って生活していたので、銀食器や装飾品がたくさんあり、その中で見つけました。見とれながらも値段に躊躇していると、それを見たレスリーは私の手にはめて『Good!』なんて言うから、買わないわけにはいかないですよね。」と購入した時のエピソードを語ってくださいました。 もちろんです!当然です!分かります!レスリーがその手ではめてくれたブレスレットなんて外したくないです。ましてや『いいねー!似合ってるよ!』なんて言われた日には、どんなに高くても買ってしまいそうです。ブレスレットはターコイズを花びらに見立てた作りになっており、篠原さんが言われるとおり、壊れそうな感じがしました。でもとてもゴージャスな存在感のあるもので、骨董品が大好きだったレスリーの目利きはやはり確かなものだったのだと感じました。 「レスリーとは何度か会う機会がありましたが『こんなにかわいくていいのか?』と思うくらいかわいくて、でも自分の仕事に関しては厳しい人だったと思います。しかし、ブエノスアイレスでスタッフ全員で食事をした時、カードで支払おうとするレスリーがそのまま席に戻ってきて『僕のファンだからタダにしてくれるって!』と嬉しそうに言う場面もありました。」 篠原さんのお話で、そんなレスリーの姿が目に浮かぶようでした。 そのお店のご主人は本当にレスリーのファンで、食事中のレスリーのところへサインを貰いにも来たそうです。でも、レスリーはそれとなく「僕だけじゃなくトニーにもサインを貰いなよ!」と目配せしたそうで、そんな気配り屋さんのレスリーも、やはり目に浮かぶようで、「そんなトコ大好き!」と囁きたくなりました。 「レスリー・チャンが世の中に存在したことは、私たち一人一人の心に、大きな何かを残していると思います。」そう締めくくっていただきました。同感です。本当にそう思います。今はまだ、言い尽くせないかもしれないけれど、出逢ってから今日まで、そしてこれからも、毎日常に心に携えている大切な人だから、いつかその『何か』を上手く表現できる日が来ればいいなと思います。 篠原さんの言われるように、何年かかっても《欲望の翼》が新しい技術の下、再びスクリーンで見られる日が来ることを信じて、この名画を心に焼きつけていきたいです。 (レポート by Tiffany & しふぉん) |