「阿飛正傅」と「欲望の翼」 by michiyo

 私は友人たちの間では劉徳華と黄凱芹のファンで通ってますが、実は最初に好きになった香港明星はレスリーなんです。

 89年1月に日本公開された「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」を見て、「この人、いい!」と思ったんですが、彼はその年の末に引退してしまいました。
 当時、引退コンサートを見に行く機会に恵まれましたが、それとほぼ時を同じくして出会った華仔にすっかりはまってしまい、現在に至るというわけです。でももちろん今でもレスリーは大好きです。

 香港好きが嵩じて、90年夏から約1年間香港に滞在していた時、90年のクリスマス映画として「阿飛正傅」は公開されました。私にとっては華仔とレスリーが共演する「一粒で二度おいしい」作品。そして6大スターが共演したこの作品が大ヒットすることを信じて疑わなかった私は冬休みを利用して中国旅行に出かけてしまいました。
 元旦に香港に戻ってみると、「阿飛正傅」の上映がすでに終了してました。何と2週間で打ち切られたんです。香港に残っていた友人も「疲れていた時に見たせいか、途中で居眠りしちゃった」というし、同じ寮の香港人も「何だかよくわからない映画だった」と言う。え〜っ!「阿飛正傅」ってそんななの?

 この映画のことをほとんど忘れかけていた翌年4月、金像奨で賞を総なめ。レスリーがカナダから電話で喜びを語っていたのをテレビで見てました。すると「金像奨受賞記念上映」(勝手に命名)なるものがかかり、私にもやっと「阿飛正傅」を見る機会がやってきました!でもやはり言葉の壁は厚かったです。初めて見た時はあまりいい話しを聞いていなかったせいか、フランス映画のようなあいまいな終り方に戸惑ってました。それでも今まで見てきた香港映画とはどこか違う雰囲気に、これって何だろうって惹かれていました。

 GWを利用して日本から遊びに来ていた友人やかつて居眠りをしてしまった友人と2度めの「阿飛正傅」。今回は言葉で言い表せないような訳のわからない感動をしていました。これって香港映画?この曖昧さは何?ノスタルジックな気分は何?ラテンの調べがたまらない!などなど不思議な感覚にとらわれてました。言葉の壁は相変わらず厚かったけど、ガツンとやられた気分でした。かつて居眠りした友人も今回は完全にはまってました。

 画面に漂う湿気は香港の湿気そのもの。実際に映画館の外に出ると香港はいつもあの湿気だったし、大学駅から隣の大埔駅の線路沿いには木が生い茂っていて、香港滞在中はそのジャングルのような景色を電車の窓から見る度に映画の最後のシーンを思い出してました。

 帰国後、日本公開での「欲望の翼」をパルコに見に行きました。日本語字幕って素晴らしいって思いながら、友人と2人して「香港で見た時とどこかが違う」 と感じていました。単なる私の語学力不足のせいかと思いましたが、もしかしたらそれは「香港で見た」からかもしれません。日本語字幕によって理解度はアップしたけど、あの時に見た感覚はなかったような気がします。

 私の中では「阿飛正傅」と「欲望の翼」は同じ映画でありながら、別物のような存在です。「欲望の翼」は映画館で、ビデオで、DVDで、何十回も見ているので完全に頭の中に記憶されてます。日本語で台詞も言えちゃうぐらい!でもあの時香港で見た「阿飛正傅」は二度と見られないようなとても大事な存在です。

 「阿飛正傅」には私の香港での思い出が詰まっています。できることならもう一度スクリーンで、あの香港の湿気とフィリピンのジャングルの中で、レスリーの背中に酔い、華仔の立ち姿に惚れ、マギーの一途さ、カリーナの健気さ、ジャッキーの切なさに思いを馳せたいです。

Michiyo



「金像奨受賞記念上映」の時に配布されていたものですが、おそらく海外配給会社向けプレスと思われます。全部英語。上映会の時のリーフレットにちゃんと6人の役名が書いてありましたが、その役名はこのプレスに出ています。(michiyo)


香港で「阿飛正傅」を見た時のチケットです。タイトルも日付けも上映時間もちゃんと書いてあります。
「阿飛正傅」という鉛筆書きは、英語タイトルでは何の映画がわからなくなるといけないと思い自分でメモしたものです。(michiyo)


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