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Leslie Legacy in HongKong
* 訳  by 江 *

In Sweet Memories of Leslie──哥哥、多少快樂記憶



Vaniさんのオープニングあいさつ:

哥哥を愛しく思ってる「歌迷」のみなさんがきてるんですよね?こんにちは!
私のことを知らない人もいるかと思うので自己紹介を。私は叱咤903で仕事をしているものです。仕事上、色々な方とお会いする機会が有ります。そして、哥哥と出会えたことを、とてもうれしく思っています。

今日は、みなさんにプレゼントしたいものがあります。それは、自分が哥哥からもらったもの。たくさんのたのしいこと。おしゃべりをして、いっしょに笑って。哥哥は、人を楽しませることが好きな人なので、皆さんが哥哥の為に準備した今日を楽しく過ごせることを、そして、哥哥の誕生日を祝うだけでなく、友人達と、そしてみなさんと、心の中の哥哥をわかちあえればと思います。

以下林夕さんのトーク部分のみご紹介します。

Vani:次は、私の良い友達であり、電話でお願いしたら快く来てくれた林夕さんを。哥哥のたくさんの皆が良く覚えてる曲を作詞しただけでなく、哥哥の良い友人でもあります。
阿夕(と林夕さんに)今日は別にプレッシャーなんてないわよね?
みんなでおしゃべり、哥哥のことを話そうと集まってるだけですからね。

V:初めて哥哥に会ったのは88年?初めて彼に詞を書いたのも?

林夕:始めて会ったのは88年。初めての曲は87年。「妄想」。
88年に「無需要太多」そして「側面」。

V:そうよ!「側面」もあなたが書いたんだったわよね!
88年に初めて会った時のこと覚えてる?

:そりゃあ覚えてるよ!(笑)何もかも全部覚えてる。
初めて会った時は彼の淺水灣の家で。あの頃、僕は作詞始めてまだ2年の若造で、いきなり大スターの、それも三階建ての「傳奇(レジェンド)」の家に。(笑)食事に招待されたんだけど、入ってすぐリビングに・・・

V:ご飯が用意されてて?(笑)

:当時も絵が好きで、入ってすぐのリビングにすごくきれいな絵が掛かってて、とても好きな画家のだったんだけど、M、I、R、Oと書いてあって。何と本物だったんだよ。もう驚いたのなんの。(笑)

V:「レジェンド」の家だもの、本物よね(笑)

:で、その「レジェンド」が家を案内してくれてトイレまで見学したんだ(笑)

V:それ以外に何か特色覚えてる?そのトイレで…

:もちろん覚えてるさ。そのトイレはブロック状のガラスを積み上げて、ライトの光を通してライトアップできる特別製で。そのブロックのことばかりじゃなくて、家全体のことを話すよ。後でごはん食べながらずっと研究してたんだ。家の別の側にガラスの窓があって、後で近所の他の家みたら全部鉄の枠になってて、彼が特別に作らせたみたいなんだ。
でそのガラスの窓のところ、水が漏れてるんだよね。アルミの窓にすれば漏れないんだけど、それは嫌だって。水漏れしても、そのきれいなガラスの窓がいいらしい。そんな水漏れしててどうするんだって言ったんだけど。その窓のすぐ横には、ベイビーグラムの小さなピアノがあって、何曲か弾いたりして。

V:いいじゃない(ちょっと笑いとほぉーという声)

:ピアノはそんなにうまいわけじゃないけど、歌いながらね。

V::もうその時既に「今生今世」口ずさんでたりしたんじゃ

:その初めて家に行った時、もうひとつよく覚えてるのが「カサブランカ」が有って・・・

V::それ何?

:花だよ。  で、家中の家具は、実は自分のと同じものがいっぱい有って。

V:そうなの?

:皆だいたい同じ家具屋で買ってたし。で、その家具の置き方がすごくきれいで
きれいなもの、そうでないものを教わった気がする。

V:阿夕、あなたってだんだん哥哥みたいになってきてるわよね

V:初めて自分の家に来た時は?

:そりゃあ緊張したよ。「レジェンド」が自分の家に来るんだから(笑、拍手)真っ赤なスポーツカーが停まるの見た時は死ぬかと思った。(笑)こんなとこ停めてたら駐車違反でチェックされるよ、って言ったら「その時はその時さ」って言うしさ。
家に上がってまず「こんなに小さくって、どうやって住むんだ。」それ聞いて、がんばってお金稼がなきゃ、と思った。

V:で、「レジェンド」はどうしたの?小さいと言った以外に?あなたに対しては?

:別に…ご飯食べて、人の悪口言ってただけだよ。(笑)でも良性の悪口だよ悪意の無いね。あとはコレクションの事とか。カーペットをコレクションしてて、彼の家にも同じデザイナーのカーペットがあったんだ。皆同じ店で買ってたし。

V:あなたが知り合った頃って、哥哥は引退を考えてた頃よね。

:そう。でもあの頃はそんなに親しいほどではなかったから。しかし、本当に愕然としたよ。

V:私はすごくうれしかった。

:え?

V:何が嬉しかったって(Final Encounterの)最終日の第一列目で観れた事。

:そりゃー嬉しかっただろうね(笑)

V:握手までしてもらったんだけど

:泣いたんだろうね

:僕は引退した後により親しくなった。。

V:復帰後は、大部分の曲をあなたが作詞するようになったわよね。私が良く覚えてるのは、哥哥が「追」は自分にとって意義の有る、大切なものだって言ってた。作詞は阿夕、あなたよね?「追」についてはなしてくれる?哥哥にとって大切ってことは哥哥のファンにとっても大切なものだから。

:映画自体、テーマもとても哥哥に近いものだったし、幸せなことが一番大事だっていうね。でもなかなか難しくて。書き上げるまでかなりかかった。

V:録音に立ち会ったことはある?

:何度かはあるよ。誇り高くて、でもおもしろいんだ。
「側面」の時、いや「側面」だったか他の曲だったかもしれないけど、いつも録音はとっても早い、ある高音のところが、なんだか手間どっていた。普段はとても正確なのに、と思ってた。
そしたら「ちょっと試しにやってみただけさ。次はちゃんと歌うの聞かせるから。」だって。「夜半歌聲」の中の曲の時は・・・

V:「夜半歌聲」!私大好きなのよー!

:僕はプロデューサー(監製)をしただけなんだけど。(笑)  で、録音の時には、すごくスムーズに歌えてて「どうしよう、何を言えばいいんだ?」って思うほどで。実際、数回歌ったら外に出て来たんで休憩かな、と思ってたら、自分で「パーフェクト!」って言うんだ。僕は何を言えば?って思いながらおしゃべりしてて、で、雑談が済んだらそのまま彼は帰っちゃったんだ。(笑)

V:実際、うらやましく思ってたのよ。あなたと哥哥は友達関係だけでなくて、演芸上、音楽上でも、一緒に成しとげていったような歴史があるように思うの。そして哥哥の歌に対しては、気を悪くしないでね、特別に力を入れて労力を使って作詞してるような気がするんだけど。

:それはもちろん!(笑、会場拍手)
自分の意見を持ってる歌手は多いけれど、実際のアウトラインを持っているっていう人は多くない。哥哥の場合、テーマ指定する時もあるし、でも暗黙の了解、みたいなもので。普段会った時は、ご飯食べるだけ、仕事の話はしない。話し合ったのは唯一「我」だけ。

:「夢到内河」の時は、MVのことを考えてて、バレーを、日本人のダンサーを招こうと思ってるんで、「白鳥」がいい、っていうんだ。だから自分は白鳥なんてわからないよって答えたら、大丈夫だから考えてみてよ、という。「夢到内河」で充分きれいだと思ってて、なのに白鳥?他のタイトルも考えたけど気に入らないという。で結局、このタイトル良いから僕を信じてよ、といって決まったんだけど。

V:哥哥は少なくとも5度、私の前であなたのこと褒めてたわ。

:そうなの?

V:「あいつはまぬけなんだから。」

:ええ?

V:「でもあんな才能の有る奴見たこと無い」って。文字を使って自分を表現してくれるんで安心できる、って言ってたわ

V:たくさん曲があるけど「我」は最も「哥哥」な曲だと思うんだけど

:他にもたくさんあるだろう、「紅」だって・・・

V:「紅」はあなたの詞が深すぎて歌えない、って言ってたけど。

:そんなことないよ。深すぎるって、あんなに上手く歌えるんだから(笑)  もしかしたら始めの頃はそう思ったかもしれないけど。「紅」は彼が指定したテーマだよ。

V:わたしが初めて哥哥の外見でひきつけられたのは・・・

:外見でって?(笑)

V:哥哥の紅色(赤色)。赤いスーツ。「當年情」の入ったアルバムの。

V:ところで他には?絶対いっぱいあるはずよ!

:ないよー

:・・・すごくおせっかいなんだよね。一つ思い出したけど・・・ 録音してた時のこと。録音中って出入りすることが少ないでしょ?ちょっと席を外したいから、って彼に言うと「どこに行くんだよ?」って聞くんで「ちょっと階下に行くだけ」と答えた。すると「何で下に?この忙しいのに」って追求してきて、「人が帰るから送って行くだけさ」って言うと「あー、デートだろ!」って言うんだ。(笑)だから「違うよ。仕事中だろ。」って返した。そしたら後日電話してきて「うそついたな、ほんとにデートしてるだろ。飛行場で見たよ」というんだ。「友達が見たって言ってたぞ。荷物用カート押して貰ってただろ。」って。だから「誰かがカート押してくれても不思議じゃないだろ、僕は非力なんだから」と返したんだけど。・・・わかるでしょ?

V:で、実はそうなんでしょ。

:うん(笑、拍手)

V:彼はだませないのよぉー!なんで隠したりするの

:長いこと追求してきてたね。

V:レスリーは、良くない人がいたらすぐわかってしまうのよね

:彼は世界中のもので、好きなものはとっても好き。そして自分が好き。彼クラスの成功した芸術家っていうのは、自分を好きだからできること。初めて会ったとき「不需要太多」上手く歌えてるだろ?って聞いてきたこともあった。

V:自分のすることに対して、自信を持っている

:そうじゃなければ「我」あの歌は出てこないよ。

V:「我」は広東語版と2つあるけど

:自分はどっちも好きだけど、哥哥は国語(普通話)版の方が好きみたいだね。

V:私が太ってるって褒めてくれた以外に、私の国語(普通話)を褒めてくれたことがあるのよ。「謝謝」って言ったら「なかなかじゃない」って言ってくれて嬉しかったんだけど。

:ぼくも・・・

V:え!あなたの国語を褒めた?(笑、拍手)

:いや、哥哥からは褒められたことない。哥哥とは国語で喋ったりしないし。「覇王別姫」撮ってる頃いきなりせりふ喋ったりしてたけど。自分で自分の国語褒めてたな。で、僕を試して「張國榮の榮の字どう読む?」って聞いてきたんだ

(ここで Vani さんが、台湾のファンに向かって国語で「哥哥説、張國榮・・・」と言ったら笑いと拍手が。やはり彼女の普通話はいまいちのようす?)

V:その後会った時も、これからは国語喋れた方が良いし、もっと勉強したほうが良いよ、って言ってくれた。阿夕がだいぶん疲れたように見えるので、じゃ、アンディ、あなたは?

= 以後、ANDY氏の喋りあり。 =

V:阿夕、まだまだたくさん話せることがあると思うんだけど。哥哥の曲聞くたびに、あなたに関係することがたくさんあるんだもの。哥哥に対する気持とか。

:曲を作るってこどもを生むような大変な作業で。数えてみたら、哥哥と一緒に仕事した作品は60数曲あるんだけどある曲(「夜有所夢」)を書いたことをとても後悔している。これからは自分を励ますような歌を書きたいと思ってる。

V:あなたはたくさんの詞を書いてるけど、ファンのみんなにも・・・
みなさん、哥哥の歌を聞く時に、友人である阿夕と一緒に仕事をした色んな面の哥哥を、そして阿夕の書いた詞をみて考えてみてください。阿夕は哥哥にとって一番の作詞家だと思うし。

:そうかな?わからないよ  (会場から「そう!」という声)

V:これからもいっぱい良い詞を書いてください。いいかしら?

:いいよ(会場拍手)

= ANDY氏、ウォンさんの喋り有り =

V:さっき、励ますような曲を書きたいって言ったけど。

:あの日以来、自分の書く詞に気をつけるようにしている。今まで悲しい内容の詞を書いた。その責任はとても大きいと思う。今後は人をリラックスさせられるような良い詞をかければと思ってる。あの夜、ずっと香港への電話をかけつづけてたんだ。

V:それはみんなで一緒に立ち向かわなきゃ

:でも、自分に言っているのは、色んな問題があるけど、歌詞も一つの答えだと思う。そしてこれは、大きな、自分にくれたプレゼントだと思っている。

V:自分でも不思議だと思うんだけど、今回の繼續張國榮音楽會の宣伝で哥哥の何かをつくる時はいつも、全てのアルバムを出してきて目を閉じていうの、哥哥、あなたの歌を聞くのよ、っていうの。

:僕もそうなんだ。(笑)

V:心の中で哥哥に聞くようにしてるの。

:ぼくも音楽会のプログラムをつくってる時、ずっとしめきり引き伸ばしてて、すごいプレッシャーだったから。ある夜、すごく遅くに家について、とっても疲れてて、眠いんだけど、書かなくちゃいけないと思って「僕になにを書かせたいんだい?」って聞いて・・・で書きながら寝ちゃったんだけど気がついたら昼の12時で、その日は9時がしめきりだったのに。

:そして書いた中に、歌在、心在、人在。(実際のプログラムは聲在心在人在のよう)という言葉、これはすぐに書けたんだ。だって自分の本心から出てきたことばだから(会場拍手)

V:阿夕は幾つかの出版社から執筆依頼があって、責任者にもなってたのよね

:今思えば、締め切り引き伸ばしていた時はとても緊張していて、自分がリラックスした時にはじめて心がここにある、って感じで、書けるようになって「哥哥、何を書かせたいんだ?」って聞いて。もう間に合わない、っていう時には力をだせた。

V:今日は、みんな、専門家の人達ではないけれど、一生懸命このイベントを準備してきた。そして全ての事が今日の為に用意されてきたような感覚がするんだけど。みんな感じない?(会場拍手)今日はみんないろいろな地域から集まってきている。そして哥哥はここで一緒に聞いてくれてると思う。みんなで國際言語である英語でハッピーバースディを歌わない?

=HAPPY BIRTHDAY=

V:阿夕、ここで一言お願いできる?皆励ましの言葉を必要としてると思うの。難しいかしら?

:・・・さっきも言った事だけど。既に起こったことは変えることができない。喜ぶべきことは、我々の愛しい、大好きな人は、こんなにたくさんのものを残してくれている。私達は彼を思いだし、懐かしく思うこと。映画を見たり歌を聞いた時に、もしかしたらある期間忘れているかもしれない。そして我々がすべきことは、彼のように自分を楽しくできるように。彼が残してくれた贈り物は、映画、歌のほかにも、自分達がいかに、堅強に、楽しく生活していけるかということを。
(最後の一言、周りの方々のすすり泣きで聞きとれず・・・ごめんなさい 江)

V:ありがとう、阿夕。

V:あの日の数日後に、友人の一人が言ってくれたことですが。長命百歳というのは単に一つの例だけ、大事なのは皆の心の中に残っていること。哥哥を好きなみんなと一緒に座って、この活動で皆と知り合うことが出来た、これは哥哥がくれた縁だとおもいます。

ずっと今日のことを忘れず、そして毎年今日のこの日を一緒に過ごせることを願ってます。



まるで少年がそのまま大人になったような喋りの林夕氏の話を聞きながら、レスリーに出会えた林氏、そしてレスリー自身良い人にめぐり合えたのだなぁ、としみじみしてしまいました。2人のエピソードを聞いてるとほとんどぼけとつっこみのコンビ状態で、歌手と作詞家の雰囲気が全く感られない(言いすぎ?)のもこの2人ならではでしょうか。^-^  by 江


Thank you 江さん、Wendy!!!












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