ひとつの善意
哥哥はチャリティについては、ずっと静かなスタイルを通し、善行に関しても知られたがらず、誤解を招きたく無いので余り公にしたくないと語っていました。長年に渡って彼が参加したチャリティ活動は数多く、災害チャリティ、慈善訪問、百万人ウォーキング等の活動、また「光明(失明者へ光を?)大使」「不喫煙大使」に任命されたこともあり、公益事業を推し進めました。
個人的にもよく、好意を持つ慈善団体へ寄付を行っています。毎年誕生日には、親しい友人達へプレゼントの代わりに寄付をするよう「注文」しています。
哥哥は特に児童援助団体へひいきしていることを認めており、これは彼の成長過程に関係があるかもしれませんが、孤独な幼少時代によって、彼は恵まれない将来の社会の主人公達を援助したいとずっと考えていました。80年代に仕事が順調になり始めた頃には、児童養育への援助を始めています。彼が引退する前に行った「ワールド・ツアー」では、収益の一部を現地の児童団体に寄付しています。97年に「跨越97コンサート」開催時には、特別に印刷した美しいチャリティー・カード”The
Red Card”を製作し、「小児癌基金」チャリティー販売を行いました。
何故小児癌の子供達に?それは、ずっと以前、癌を患った祖母を見舞った際、小児癌の子供に出逢い、大人でも癌を患うのはつらいことなのに、子供にとってはいかばかりか、と感じたことに由来します。それで彼はコンサートの記者会見上で、チャリティーを呼びかけただけでなく、自身もその場で百万香港ドルを寄付し、またコンサートでも毎晩ファンに購入を呼びかけました。このコンサート終了後も、彼はレストラン「爲イ尓鍾情」に募金箱を設置し、更に多くの寄付を求めました。2年前のパッション・ワールドツアーの日本では、再びコンサートのポストカード・セットを製作、日本のファンに、プレゼントは要らないので、そのお金をチャリティー支持に使い、当地の扶助が必要な子供達に寄付して欲しいと呼びかけました。
「小児癌基金」以外にも、哥哥は尊敬する先輩のシウ・フォンフォンさんが発起人となった「護苗基金」も支持し、各種のチャリティー活動に参加、お金も力も出していました。昨年、彼はプロモーション・フィルムを撮ることをフォンフォンさんに約束しましたが、SARSの関係で延期され、残念ながら彼が去ったことで完成はかないませんでした。
哥哥はまばゆい光を放つスーパースターだっただけでなく、静かに社会への貢献を続けた、志を持つ人です。正にユーニス・ラムさんが語った通り、哥哥の心はその容姿と同じように美しく、彼のこの愛と善意を、私達と共に引き継いで行かせてください。
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