16階のレスリー
2003年4月3日新城ラジオ局オールナイト番組より -聴衆
レスリーと出会った記憶は、既に遠い昔のこととなってしまっています。大体84、85年あたり、その時は、私はまだ17歳の小さなファンで、私と家族はレスリーと同じタイクーシンのビルに住んでいました。
ある日、私の姉がエレベーターの中でレスリーを見かけ、彼女は私が哥哥を好きなことを知っていたので、勇気を鼓舞して彼に私がファンであることを伝え、そして彼の家はどこかを尋ねて、彼の家へサインを貰いに行っても良いか聞くと、思ってもみないことに彼はさわやかに言いました:「いいよ!16階のフラットXに住んでるんだ」。姉が私にそれを告げた時、本当に信じられなくて、そして彼の家へ行く勇気も無くて、姉はずっと私に本当だと言い続け、早く行かないとチャンスを失うと催促しました。
そして私はすぐに、限定発行のあのカラーデザインのレコード’MONICA’を持って彼を訪ねました。最初は彼のお手伝いさんの六姐に断られましたが、後で哥哥の声が聞こえました:「入ってもらって。」私はその時充分に嬉しくて、自己紹介をし哥哥にあのレコードの、ある部分にサインを頼むと、しかし彼はその場所には出来ないと言い、レコードの針が跳ぶからと、彼は真中の位置を選んで、2つの名前をサインしてくれました、片面に中国語で、もう片面に英語で。
それから後にもわたしはよく彼を見かけ、当時報道ではいつも彼の態度が良くないと言われていましたが、実際私達が知っているレスリーはとても良い人で、友好的で、ビルの管理人もそう言っていました。大スターではあるけれども、しかし彼は他の近所の住人と比べても礼儀正しくて、全く尊大ではありませんでした。
別の時には、タイクーシンで給水制限があり、住民は遠い給水場所まで行かなければなりませんでした。私の母が並々と水の入った桶をひいているのを見て、彼はすぐに母を手伝って水桶をひっぱり、私達の住んでいるビルまで行ってくれたのです!私の年老いた母は一緒に番組を聞いていたのですが、彼女はつらさの余り眠れませんでした。どうしても皆さんに言いたかったのは、私達の家族は皆、レスリーをとても評価しているということです。
何年もの後、私達はもうタイクーシンには住んでいませんでした。ある日街角で彼を見かけて、私はすぐに彼の前に行き私を覚えているかと聞きました、彼は:「憶えてるよ、あなたはあの小さなファンでしょ!もちろん憶えてるよ、知ってる?あなたは私の家に入ってサインを貰った唯一のファンなんだよ」あの時私はもう20代になっていて、もう「小さなファン」ではなくなっていたけれど。
レスリーはまた私にとっての「半分仲人」で、それは当時一人の女の子と知り合ったのですが、その子もレスリーが好きで、レスリーのサインレコードがあることを彼女に伝えた、そんなふうに知り合い彼女と付き合い始め、後には結婚しました。私達には同じアイドルがいて、一緒にコンサートに行き、彼は私達の間の一本の橋の様でしたが、しかし、残念なことに数年前、妻は女の子を出産する際に亡くなってしまいました。もし彼女が健在ならば、きっと私と同じように悲しんでいると信じます。
今、妻は逝ってしまい、彼も去ってしまった、私は本当に辛いです!本当に残念で、
彼が去ってしまったことは、芸能界の一大損失です。彼が永遠な安らかさを得られていることを祈ります。
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