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ACMI 特別発行本「LESLIE CHEUNG」より
この本は2003年10月30日〜11月9日、オーストラリアで開催された
Days of Being Wild:the Screen Life of Leslie Cheungat the AustralianCentre for the Moving Image
(オーストラリア映像センター)に併せて発行されたものです。


Abandon,Abandoned...the Screen Life of Leslie Cheung
【捨てて、捨てられて...レスリー・チャン】 2
  
by Philippa Hawker


 いくつかの青春映画には出ていたが、本格的に「出演した」と言える作品はパトリック・タム監督の「烈火青春」(1982)からだと彼は考えていた。彼の役は若く裕福な若者、躾がよく優しげで、立て続けに事件に巻き込まれ暴力的な結末を迎える。この作品においても彼の性的指向には疑問符がつく。どんな形であれ、喜劇であれ悲劇であれ、これは何を演じてもついて回ることになる。実生活での彼自身の性的指向が注目されるにつけ、「君さえいれば」ー男のふりをした少女にレスリーが恋をする間違いの喜劇ーのような作品は余計な憶測を呼んだ。レスリーが最初から最も得意とした、性の曖昧さの冒険のひとつにすぎなかったのだが。

 「男たちの挽歌」(1986)に出たことで、青春ものからの卒業を果たす。ツイハークが製作、ジョン・ウーの名を高めたばかりでなく、ベテラン俳優ティロンを甦らせ、チョウユンファをスターダムに押し上げた。レスリーの役はキット、警官でありティロン演ずるホーの弟、ただし兄が犯罪者であることは知らない。レスリーの登場で、いやレスリーの死を暗示するシーンで作品は始まる。フラッシュバック、悪夢、または予感なのか。すぐには明かされない、がしかし話が進むにつれあのしなやかな最期(=最初)は最悪の夢の結末だと分かる。クレジットに続いて、レスリーがあらわれる。銃を構え、辺りは暗く、硝煙の立ちこめるなかゆっくりとくずれ落ちていく。それはホーが恐れる結末であり、起き上がったときは汗もしとどで、弟の名を叫んでいる。次のレスリーの登場シーンもまた別の意味を含む。ホーは警官だという男に捕らえられ、壁に向けさせられている。キットだと見抜かれてはしゃぎ回るが、この冗談の皮肉には気付いていない。

 やがて彼は兄の正体を知る。彼のキャリアの中で鏡を前にした多くのシーンのひとつ。ホーとマークに遭遇し、帰宅してから鏡を見つめ、怒りを込めて素手で叩き付け、血が流れる。彼は怒りと正義感から犯罪集団の逮捕に執念を燃やし、兄との縁を切る。

 「男たちの挽歌」は予想以上の成功を収めたので、続編を作らないわけにはいかなかった。「男たちの挽歌2」では、かつてはしゃいでいたキットはひどく深刻な顔で正体を隠している。潜入捜査官として、妻には内緒で闇社会の元ボスの娘を誘惑している。常に他人になりすまし、偽名を使っている。第一作では、ホーは、彼の所属する犯罪集団が弟に手を出すのを防ぐため、事実上二つの人生を生きている。続編では、二重生活を強いられるのはキットだ。キットの殉職シーンですら一種の演技であり、彼のおかれている真の状況を明らかにすることは他人の利益のため許されない。必要に迫られるか強制される、歴代のレスリーの演じた役にはこういうシーンが多い。

 またすぐに重要な作品に出る。1987年は「男たちの挽歌2」だけでなく、スタンリ−・クワンの「ルージュ」チンシウトンの「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー(これもツイハーク製作)」の年でもあった。どちらの作品でも、レスリーは取り憑き、取り憑かれる。「ルージュ」ではアニタ・ムイの相手役、何度かデュエットしたこともある女優であり歌手。舞台上では目のさめるようなカップルで、どう考えればいいのか分からなくなるような男らしさと女らしさを見せる。ムイの声はレスリーより低く、彼女の鋭角的な容姿は彼のなめらかなそれとは対照的だった。

 「ルージュ」の中で、彼等は相互補完的であり、かつ対照的だ。ムイは如花、1930年代の娼婦を演じる。初登場シーンでは男装して、客のために歌っている。再登場のときはドレスとダイヤモンドをまとってあらわれ、瞬く間にレスリー演じる裕福な青年十二少の心を奪い、独占せずにいられなくさせる。彼等の最初の出会いは公衆の面前だが、すでに親密な空気をただよわせている。お互いを見つめあうとき、横顔どうしを映しながらカメラは二人を中心にまわり、他の人物は一切消え去ってしまう。

 十二少は美形で甘ったれ、京劇の舞台に立つ夢を持っている。夢を叶えるため、そして如花との関係を続けるため家族に反抗することになる。その完璧な横顔、気が遠くなるような怠惰な抱擁、両家の子息にふさわしい自信、舞台に立つ事への不安、そういった全てで、彼は軟弱で強制されると抵抗できない人物像を描きだす。「ルージュ」は分かりやすい甘美さと意味深なノスタルジアとの融合であり、憧憬でおおわれた作品だ。如花が幽霊として舞い戻り、かつての恋人を捜して問いただしたそうとしている現代の香港のシーン、レスリーはいつあらわれるのか気が気でない。「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」では対照的に、初登場シーンに意味ありげなところはない。彼はくたびれはて、重い荷物を背負った税金取り立て人で、この役者はコメディでもいけそうだという明確な印象を残す。


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日本語訳:KAYOKO


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