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明報周刊1658期
風風雨雨的張國榮演唱會




風風雨雨的張國榮演唱會〜まるで風雨の中の張國榮コンサート

序文:

 これは香港が近年で最も論争を巻き起こしたコンサートである:毎日、新聞を開けると驚かせられる、頭を揺らして幽霊のように髪の毛を振り乱し、動きは露骨で曖昧、有名デザイナーによるファッションは古臭いデザインに成り果てる…

 ポスターの張國榮は陽の光を顔に受け、現実の中では風雨を呼びほとんど溺れているかのよう。

 しかし、コンサートの価値は、ただスターがかっこいいかどうか、舞台衣装が美しいかどうか、観衆がハイになってるかどうか、花火があるか、どんなゲストが来るか、ただそれだけのものか?長髪ならば妖怪、スカートを穿いたら女装、オートクチュールは流行おくれ?香港のファッションの知識はそんなに軽薄なものではないはずで、コンサートだってステージ・デザイン、照明と音響について話さずにはいられないはずだ。

 ステージ・デザインの探求、ファッション・イメージの分析、会場の観客へのインタビュー−もしあなたがこのようなマイナス面の報道の為に、今回のコンサートを見てないならば、今夜こそは皆でコンサートへ行こう。


還一個演唱會的真面目〜コンサートの真の姿がそこに

巨大な円柱形の天幕でを覆われたステージ、柔らかな光の中、張國榮は真っ白の衣装で、静かに「夢死酔生」を歌う。肩の上には羽がたち、観衆は鋭く叫ぶ。「寂寞有害」の音楽が流れ、天幕がゆっくりと上がって行き、高い台から地面に下りてきて、天使はここから堕落する。「不要愛他」は金髪のダンサーを引き連れ、「愛慕」では幻惑するような赤い光を放ち、アップ&スローテンポの4曲のオープニング曲の中で、張國榮は天使からかっこいい男性に変わる。長髪をなびかせ、物語「ファウスト」の危うく美しい世界へと入っていく。

総監督の陳永鎬は、今回のステージ・デザインのテーマは「劇場」だ、という。「私達は一般的なコンサートのビッグライトを捨て去り、深い意味を持った転換の手法を用いて、一曲一曲のスタートとパフォーマンスをデザインした。ステージは故意的に三方向にだけ向けて設置され、張國榮の変化に富んだドリームランドと化す。」


樂聲〜音色

 開始後のごく短い序言は、ラジオ局のベテランDJ陳小寶に語ってもらおう;200本に達するヴァリ・ライトは非常に細微な照明効果を作り出し、プロジェクターはアメリカのアカデミー賞授賞式にも採用された極めて光度の高いDLP120,000を使用、音響効果の高低は明らかで、オペラの音色はそれぞれに発揮し合い、ステージ上では特製の布地を多用、また特殊な塗料を塗った木のボードは、照明で映し出されると全く異なった効果がでる。コンサート全体の要求の高さは、木製ボード制作でも1、2を争う。

 「風継続吹」「儂本多情」「怪イ尓過イ分美麗」と、まず3曲のバラードでは、張國榮は自信に満ち、ステージの両端まで進んで歌う。ライトの光が交錯し、布の幕に様々な紋様を投げかけ、ステージ上の簡素な階段は、照明によって、様々な線を映し出す。続いてアップテンポの3曲:「[多句]了」「側面」「放蕩」、照明は急に変わり、2つの巨大スクリーンは紫・オレンジ・赤色にきらめく、まるで2つの目が、揺れ踊る張國榮を見ているかのようで、惑わされた。

 スクリーンでは彼の主要な主演映画の一部分を映し出し、「欲望の翼」「キラーウルフ 白髪魔女伝」「ダブルタップ」「ハッピー・ブラザー」「星月童話 もういちど逢いたくて」「流星」「花の影」「チャイニーズゴースト・ストーリー」「ルージュ」「上海グランド」「さらばわが愛 覇王別姫」「左右情縁」−1分間翻弄された後、激しく両手で拍手、全観衆が真剣に見入っており、時に爆笑し、時に拍手する。フローレンス・チャンは付け加えて語った。「これらの映像は哥哥が自ら編集しました。この数日間のコンサートの為に、彼は3つのバージョンを編集制作し、見終わっては満足せずまた更に編集していました!」




燈影〜ライティング
 張國榮の1985年の初の大規模コンサート、90年の「告別」コンサート、どれもすべて陳永鎬が総監督を務めた。今年の初めから、彼はすでに今回のコンサートの構想を開始、フランスの新しいタイプのサーカスのスタイルを考えたこともあるが、しかし香港コロシアムの設備では実現不可能な為、張國榮と話し合い、ようやくシアターをテーマにすることが決定した。彼の考えでは、すばらしいコンサートとは、歌手が鮮明に特出していることであるという。「アラン(タム)は観衆たちと一緒に楽しむタイプ、ジャッキー(チョン)は歌い上げるタイプ、コンサートは歌手が自分にとってベストな面を出してパフォーマンスするものであり、張國榮はこの業界の中で最高レベルを作り出すことが出来る歌手の一人だ。」

 

 陳永鎬は革新と既成概念を突き破ることを求め、彼は一部マスコミのコンサートに対する不躾な論調を潔しとせず、更には香港の創作が保守的で進歩的精神がないことを不満に思っている。「香港のパフォーマンス・ビジネスのどこに進歩があるというのか?今だに「歓楽今宵」をやってるTVBのレベルでは、驚くことは何もない。含蓄をこめたスタイルがいけないのか?もちろん私達が直面するのは一般大衆、何万人もの観衆だ。しかしみな進歩することが必要で、さもなくばメディアと同罪だ。私が20年前にコンサートを手がけた時は、日本人も勉強に来るほどだった。しかし今は比ぶべくもない。スタッフ、歌手、観衆、トップも進歩していかなければ。しかし今はみんな退化しているよ。」

 「追」、布幕には糸のすじが織り成し、階段には丸いライト、天上と地面は一面の銀色の光の中、かすかに1筋の赤い光。「春夏秋冬」では、照明は四季によって変化し、緑と紫の色使いが大胆かつ巧みだ。「没有愛」では、雪山の端に黄色い月。何曲ものバラードが続き、創意に満ちたステージデザインを用いたことで、耳慣れたメロディーは、新鮮な感覚を持って響いてくる。



髪舞〜長髪が舞う

「路過蜻蜒」を歌い終わり、張國榮はステージ上で着替えながらバンドと裏方スタッフを紹介し、白い幕には次々と重なる影が写し出され、たくさんのスタッフが忙しく働いており、明快なドラムの音楽が配され、影絵劇のようで楽しい。これは中間パートでダレるのを心配して張國榮が考え出したもので、観衆の注意力をずっとステージ上に集中させる、とても聡明な方法だ。

 彼は今回のパフォーマンスに心血を注ぎ、毎日3百回の腹筋と、ランニングで呼吸訓練、禁煙・禁酒、歌はもちろんのこと、ウエストも28インチを維持、有名デザイナーのファッションをすばらしく着こなした。あの長髪はステージ上できわめてすばらしい効果を発揮し、髪がなびく度に、客席は盛り上がった。しかし新聞・雑誌に目を落とすと、髪の毛を振り乱している幽霊「貞子」が掲載され、彼は憤怒やるかたない。」

 たとえ張國榮が怒っていても、「仙姐(白雪仙)は初日公演を見終わると、楽屋に入って私を抱擁して言ったんだ、これは本当の芸術よ!人が何と言おうと、全然関係ないわ!って」しかしこのマイナス面の報道はマレーシアと大陸での公演に変更要求をもたらした。彼は怒って叫んだ。「いいよ!何でも変えてやる、昔の歌でも、古臭い衣装でも。しかしそれはもう、私、張國榮のショウじゃない。」

 冷静に言えば、現場で長髪を翻す張國榮を見ても、全然女性的なものは連想できず、弊誌ファッションページ主任の王麗儀の言うように、あれはラテン系のハンサムであり、昔からヨーロッパ人は長髪が好みで、陽に当たって黒く輝き、スカートを着るのも珍しいことではない。しかし張國榮は気にして、ステージ上で言った。「私を美女と言わないで、そうじゃないんだ!私はこれまで女性になろうなんて思った事も無い!」もし次に他の歌手が、例えばアーロン・クォックが長髪にしたら、マスコミはまた同じ様にの報道するのだろうか?つまるところ、まだ色眼鏡をかけているのではないだろうか。



星光〜星明かり

 ステージ上の長いブリッジが、ゆっくりと高く上がり、その上で張國榮は「無心睡眠」を高らかに歌う。観衆は必ずしも大幅に変えられたニュー・アレンジの名作を受け入れるとは限らないが、新鮮な感覚はステージ・デザインからも感じられ、この長いブリッジは1曲の歌を歌うために、たった一度だけ使用される。数十万ドルをかけてオイル・プレッシャーの昇降設備を備えて。真剣に見れば教科書にもなり、聡明ならばそのよさを見てとれる。

 「大熱」では、スクリーンに4つの炎を映し出し、ステージは赤い光に染まり、張國榮はまるで魔界を疾走しているかのよう、コンサートはアップテンポの曲がメインになる。「紅」ではベッドの上で無数の人を引き付け、「枕頭」では羽を泡のように空間に撒き散らし、「左右手」の流れるような紫・青・緑の照明に変わり…どのステージもすべて非常に美しい画面になっている。「陪イ尓倒數」のパフォーマンスの時には、彼は明るい赤色のコートをはおり、王のような風格が特に傑出している。

 続いて30分近いレイヴ・パーティ、張國榮は何曲ものアップテンポの名曲を1つのメドレーに組み上げ、観衆は全員立ち上がって踊りだす。ある子供はお父さんの肩の上に乗って、笑いながら前後にゆれている、嬉しくてたまらない、1家3人が楽しく、当時両親が聞いた「H2O」「少女心事」「第一次」「不羈的風」「MONICA」「STAND UP」は、こんなに楽しかっただろうか?


 張國榮は最後に、林夕が彼の為に書いた「我」を歌う。張國榮は少し感動的に「もしかするとこれは私の最後のステージかもしれない…」観衆は大声で反対し、フローレンス・チャンは側で嘆いた口ぶりで言う「彼ったら!いつも今度のコンサートが今までで最も満足のいく出来だ、もうこれを越えられることは難しい、歌わない方がいい、って言うの。言っとくわ、あなたが2〜3年後に、また別のステップになった時に、もう1度話しましょう!」これはまるで画家のようなものだ。ある段階まで到達した時、1枚の作品を完成すると、もうこれを越えられない、突き破ることは難しいと感じるが、しかし考え方を変えて、また別の傑作を描きだすかもしれないのだ。


 ただ一筋のスポットライトで、張國榮は満面の自信を持って歌う

 「I am what I am 私は永遠にこんな私を愛する。」



明報周刊1658期



訳 by Naomi
写真ちょいす by Xiang

ソース:レスリー・チャンサイバーワールド

注意:このページの訳を無断で転載することは堅くお断りします。
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