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「星星卸妝(スタアの素顔)」より
著者: 柯志遠(台湾PEOPLE誌編集長)
台湾 円神出版社
採訪日期: 1992年12月
出版日期: 1993年10月

粉墨人物(舞台の人) 張國榮 蝶衣
"僕は彼を演じたい。だけど、彼にはなりたくない。"




粉墨人物 張國榮 蝶衣

 香港、新界城郊のある夜、張國榮はあと一シーンを残すのみだった。メイクから撮影終了まで、彼は終始上機嫌で辺りに光を撒き散らしながら楽しそうに笑い、おしゃべりの相手を求めてあちこちを歩いていた。

 自分のシーンが終わると彼は早めに引き上げ、撮影所の出口で皆に向かって勢いよく手を振った。傍らを二人の大道具係が荷物を担いで通り過ぎたが、すれ違いざまに彼らが広東語で話すのが聞こえた。「今日はあんまり楽しそうじゃないね。昨日の手の方が、もうちょっと高く挙がってたよ!」

 僕だけでなく、皆が関心を持っていた。容易に見てとれる彼の機嫌に対して。

 「覇王別姫」は香港の通俗小説家李碧華の作品中、人物の性格描写が非常にきめ細かく、演じるのが最も難しいとされるものであった。92年、台湾・香港・中国三地の監督を巻き込んでの様々な紆余曲折を経たこの作品は、ついに台湾湯臣公司の徐楓女史の投資と計画の下、中国第五代監督陳凱歌の舵取りと、張國榮・張豊穀・コン・リーなどの優秀なキャストにより、4ヶ月の撮影期間を経て北京で完成。あとは12月の香港での封切りを待つばかりとなっている。

 映画コンテストで受賞したり見事な興行成績が話題になったりする前に、これほど注目され、騒がれる映画もまた珍しいであろう。そして、映画に関する報道の中で、張國榮は常に注目の焦点にいるように見えた。合作、共演者の中にはカンヌでその名を馳せた陳凱歌、ベニスにその名声を轟かせたコン・リーらがいたが、「覇王別姫」のニュースの中では、張國榮と程蝶衣の融合が世間の人々の好奇心を掻き立て、「開演前の騒動」の唯一の主役となっていた。


張國榮與程蝶衣的一場宿命大夢

 「覇王別姫」の長期にわたる撮影期間、そして、打ち上げが終わって数ヶ月たった現在に至るまで、張國榮と比較的近い関係にある映画関係者は、彼と「彼女」の劇中劇外の微妙な一体化、雰囲気と性格の渾然たる一致を、張國榮と程蝶衣の当代きっての宿命的出会いだと言う。

 では、張國榮はどのように蝶衣を語るのだろう? 「程蝶衣は極端なナルシスト。舞台の上ではそうあることが必須だったからね。演技には完全な自信を持っていて、自分の全てを投入していた。この点においては、僕とよく似ていると思う。そして感情的には彼は・・・空虚だ。空虚で無力なんだ」彼はそう語った。

 もともと、張國榮は、李碧華が彼をイメージして書いた「ルージュ」のように、「覇王別姫」も彼の気品あふれる美しいイメージを下に書かれたものなのだと単純に思っていた。しかし、彼の眼差しに漂う徹底的なまでの己という色、彼の振る舞いに見られる繊細な矛盾は人々を強く惹き付け、戯曲の世界に更に深く惹き込ませるに充分であった。このような彼の性格は周囲の人には容易に見て取れるもので、当時、林青霞は彼とさほど親しくなく「楽園の瑕」での共演がきっかけとなって仕事上の付き合いをするようになったばかりだったが、知り合って間もなく「張國榮はとても感情豊かで繊細な人。でも、自分で自分を縛り付けていて、自分の存在に不安を感じているの。一人のアンハッピィな子供よ」という思いを感じていた。

 内に抱えるものの極めて高度な雷同のせいであろうか、程蝶衣と張國榮の間に漂う魅惑的な挑戦は、色濃くそして強大なものであった。12年前、彼がこの出版されたばかりの小説を本屋から買って帰った時、すでにずっと以前から知り合いだったような感動と共鳴を感じていた。そして、彼こそがこの役に最もふさわしいと考えた監督も、まず羅啓鋭、後に陳凱歌の二人がいたが、前者と後者との間には数年という時間の隔たりがあった。

 初めて陳凱歌と香港のホテルで出会った時、監督は彼に、「私はずっと君を程蝶衣だと思っていたよ!」と言った。彼らの話は弾み、彼の才能と態度は監督に充分な信頼を与えた。陳凱歌は彼に、「あの時代、京劇という神秘に満ちた閉鎖的な世界で、同性愛というのは一種の自然な感情だった。現代の自由気ままな同性愛とは全く違うんだ」という解釈を試みた。この点こそが、正に彼が羅啓鋭監督の出演依頼を婉曲に断った最大の理由であった。
あの時代、彼はアイドル歌手であり、この役の微妙なセクシュアリティは、ファンの彼に対するイメージとは徹底的に相反するものであった。

 程蝶衣の同性愛に対して、張國榮が解釈の上で心構えとしたことは以下のようであった。「プロの役者がこの役を演じるとき、強調すべきなのは外見や動作、仕草の模倣ではないと僕は思う。大切なのは心を完全に開いて、臆せずに役の心が感じる自然変化を受け入れることだね」   
 

憂鬱與熱情、開放與壓抑的矛盾組合

 「覇王別姫」の撮影の滑り出しが、あまり順調ではなかったのは周知の事実である。契約や納期、キャストの変更などの波紋が一通り収まった後、傍らで手薬煉を引いて待っていた張國榮には蝶衣の境遇とその内面世界がすでに充分に把握できており、それは熟成の域に達していたと言ってもよいほどであった。

 張國榮は後に、この映画に投入するのは、他人が思うほどには大変なことではなかったと語っている。それよりもむしろ大変だったのは、撮影開始前に北京に赴き語学と京劇の特訓を受けたことであった。

 京劇方面の稽古の成果に関して、張國榮は非常に満足していた。予め用意されていた京劇専門の二人のスタントはついに使われることはなく、全ての出番を自分で演じた彼は息を呑むほど美しく、深い説得力にあふれていた。「十数ポンドもある鳳冠をかぶって貴妃を演じるとか、真夏に三日間も虞姫の扮装で焚き火の前に跪いたままだとか、そういうことは単なる生理上の苦痛にすぎない。実際の蝶衣の運命の苦しさに比べたら、そんなことは本当にどうってことないことさ!」彼はそう語った。

 撮影が終わった後、京劇の先生たちと劇場に京劇を見に行き、観劇をしながらあれこれと批評を述べたりする彼の姿は、京劇グループのスタッフに興味深い印象を与えた。

 「欲望の翼」で、彼のもつ本来の性格のイメージを下に映画を撮って成功した王家衛は、張國榮を「自分の内に多くの鬱積したものを抱えながらも火のように熱く燃え滾っており、外的には自由奔放でありながらも自分自身の束縛から逃れきれていない部分がある」という複雑な性格の持ち主だと思っている。彼のこのような性格は、撮影の中段になって陳凱歌が蝶衣という役を張國榮に任せ、自由にやらせた原因のようであった。そして、それは映画の撮影が終了しても、張國榮がなかなか役から抜けられなくなってしまった原因でもあった。彼と「彼女」のあまりの相似は、宿命の「めぐり逢い」の後、張國榮の気持ちを極端に落ち込ませた。


我想演他、却不希望是他・・・

盛夏、コン・リーの言う「香港で最も優れた俳優」は、撮影が終わった後、北京から居住中のカナダに戻った。そして、続いて出演の決まっている「花田?事」や「楽園の瑕」などの撮影が開始される数ヶ月までの間、旅行やスポーツなどに熱中することで、あの生死を賭けた正夢のような出来事から自分自身を呼び戻そうと必死の努力を重ねていた。

思いついたように、張國榮はあの女性の姿と心で一生を生きた男について再び語り出した。
「程蝶衣、彼は一人の絶対的なナルシストで自信にあふれた人間。彼の舞台での狂おしいまでの情熱と輝きに、僕は自分自身の影を見るような気がする。だけど、同時に彼は絶対的な悲劇の人物だ。彼の一生に、楽しく幸せな日々はそう多くはなかっただろう。彼の唯一の煌めきは、彼が兄弟子と舞台で共演した「覇王別姫」だけだった・・・あの、命と引き換えに手に入れた結末の悲劇・・・」

 メイクを落とした張國榮は、ちょっと言葉につまると呟くように言った。「僕は彼を演じたい。だけど、彼にはなりたくない。僕は・・・彼よりずっとずっと幸運だよ!」

 芝居は、その幕開けも近いと聞く・・・







日本語訳:小蘭

Source from these site.

Leslie Cheung Cyber World

「星星卸妝」より


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