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■ 長髪=貞子化身? ■

長髪=貞子化身?
着裙=扮女人?
2000年春夏haute couture=着舊衫?
環Gaultier一個公道

(2000年11月18日1671期「明報周刊」掲載)

撰文:王麗儀


 もし私がジャン・ポール・ゴルチェだったら、私は香港のファッション界の軽薄さと低俗さに、悲哀を感じるだろう。
 
もし私がジャン・ポール・ゴルチェだったら、私は日本の人気アイドルの衣装をデザインする方を選ぶだろう。ビジネスという観点から見れば、たとえそれがどんなブランドであろうと、日本のマーケット一箇所で、他の東南アジアマーケットの売上トータルの数倍をマークすることができる。日本の人気アイドルの衣装デザインを担当するということが、ブランドにもたらす効果は計り知れないほど大きい。誰が香港なんかかまうものか?

 だが、私はゴルチェではなく、彼は、張國榮のために、自らコンサートのイメージデザイナーとなることを選択したのであった。同じ時期、日本の人気アイドルからも合作の申し出があったが、結果的に彼は広末涼子のためだけに一着のスーツをデザインしたにすぎず、後は全身全霊を込めて張國榮のために仕事をした。全ては、「覇王別姫」と「ブエノスアイレス」のカンヌでの栄光が、彼に張國榮の印象を強烈に残したためだった。日本がどんなに強かろうと、芸術というスタイルを通じて、自国のアイドルを西方社会に輸出することには、未だかつて成功していない。しかしながら、日本人にはヨーロッパのファッション文化を真面目に、深く学ぼうという姿勢がある。

 もし私がゴルチェだったら、私はきっと後悔しただろう。香港の新聞の紙面を覆い尽くしたレスリー・チャンのイメージに対する批評を見る限り、長髪ルックは貞子の化身、スカートはオカマ、今年のスプリング&サマーのオートクチュールは、去年の作品だと誤解され・・・・果たしてこれを見て後悔せずに、血を吐くほどの怒りをを感じずにいられるものだろうか? ゴルチェはパリでの新作発表の際、東南アジアのメディアをシャットアウトすると聞くが、それも無理はないだろう。我々のファッション文化に対する無知は、この国際的に有名なファッションの巨匠が、ついに香港に一瞥を投げかけてくれ、初めて我々のアイドル歌手と合作するということを、光栄にも誇りにも思うことができなかった。


中性化的西方歴史承傳

 ゴルチェのスタイルを熟知している人ならば、ゴルチェが80年代にはすでに男性にスカートを穿かせていたこと、男性のロングヘアが彼のショーの中では珍しいものではないということをよくご存知であろう。性別の中性化に限らず、メンズウェアには逞しい男性的要素の中に女性的な柔らかさが、レディスウェアには柔らかさの中に逞しさが漂うのが、ゴルチェのファッションの本質である。過去数シーズンの世界的傾向を見ても、アンドロギュヌスは依然としてデザイナーの好むテーマである。去年のオータム&ウインターのグッチ・オムでは、グラム・ロックに紅いアイシャドーが使われていたし、今年のオータム&ウインターでは男性のハンドバックが流行である。これらのアンドロギュヌス風なモードは、来年のスプリング&サマーのメンズコレクションの中では更に強烈になってゆくだろう。レスリー・チャンのミニ・キルトとロングヘアは、何故我々にとって無謀なことのように映ったのだろう?西洋の歴史文化において、古くはローマ時代の戦士がスカートを穿いていたし、更に遡れば古代ギリシャ人の服装は男女の別なくスカートであった。ロングヘアも古代の西洋においてはごく普通のことであったし、全ては歴史的ルーツを持っているものなのである。そして、ゴルチェは、歴史的伝統の中から素材を取り出し、それに現代のエッセンスを加え、一種のmixed style and cross cultureというスタイルを作り出すことを好むデザイナーである。


GAULTIER的張國榮意念

 今回の張國榮のコンサートで、ゴルチェが表現したかったテーマは「天使から悪魔へ」であった。オープニング、レスリー・チャンは白い灯篭状のオブジェの中をライティングされながら上下していたが、この時に着ていたのは、肩から袖にかけての部分を白い羽で覆った白のスーツであった。それはまるで現代の天使の化身のように見え、ゴルチェのステージとコスチュームの一致というテーマを感じさせた。天使が人間の美少年と変わるシーンでは、古代エジプトの図案をスパンコールで再現したシースルーのシャツに、黒のセーラーパンツといういでたちであったが、これは遠目に見るとスパンコールがキラキラと輝く魚の鱗のように見え、見る者にギリシャ神話の海の女神ウェヌス(ヴィーナス)の誕生を思わせた。ミニスカート、或いはシェルの付いたラップスカートを穿いた美少年は、我々が成人する前は男女の別にかかわらず中性であるというフロイドの理論に基づいている。やがて美少年は成長し、悪魔的な魅惑を持つラテン情人となるが、この時の彼は全身を黒のボディフィットしたスーツで包み、ローズレッドのベルベットで出来たオペラコートを羽織っている。コスチュームの色彩はシンプルで強烈な白、黒、紅で統一され、コンサートの全ての曲のリズムと完璧に調和し、起伏に富んだ美しいストーリィを紡ぎ出していた。これは、私がこの土地で見たコンサートの中で、最も素晴らしいものであった。それは、他のコンサートにありがちな、ステージの上で見栄えのする数着の衣装をただ着たというものではなく、様々な流行の要素を誰よりも早く取り入れたものであり、ドルチェ&ガッパーナのグラムロックルックのように、ファッションメッセージやスピリッツ、クリエイティブなものが全く感じられないものとは一線を画していた。張國榮のイメージは、100%ゴルチェであった。彼がゴルチェの衣装を完璧に着こなすため毎日300回もの腹筋に励み、更にサンタンを施して自らのボディと肌の色をラテン人のそれに近づけた努力は、正に敬服に値すべきものである。


2000春夏haute couture誤作

 張國榮の今回のコンサートの中での何着かの衣装は、ゴルチェの今年のスプリング&サマーオートクチュールコレクション「Indian Chiaroscuro」と、ready ? to ? wear シリーズのサウスアメリカ・ラテンスタイルから霊感を得て作られたものである。古代エジプトの図案を取り入れた銀のスパンコールのシースルー、クリスタルビーズの散りばめられたデニム、ジャンプスーツなどがそれにあたるが、張國榮はコンサートの準備の間、三度ほどパリに赴いてゴルチェと会っている。スタディオの中には、当時最新の2000年スプリング&サマーオートクチュールコレクションが並んでいたが、彼はそれを見てその中の幾つかのスタイルに興味を感じた。そして、ゴルチェも張國榮にまた別のインスピレーションを与えた。それは、スプリング&サマーに見られるIndian Chiaroscuroではなく、シルバーのスパンコールを散りばめたシースルーのシャツに身を包んだ海から誕生した美少年であり、ビーズで刺繍されたデニムと白のタンクトップに見られるcasual luxuryである。

これらが前シーズンの古いデザインであるなどということは間違ってもなく、ゴルチェの2000年オータム&ウインターのコレクションも7月のパリのショーで発表されたばかりである。パリのオートクチュール世界を侮ってはいけない。このファッションの殿堂でクチュールドレスを造るということは、パリのファッションの起源であり国の誉れなのである。最高の素材を最高の技術で造るこれらのクチュールは、使われるファブリックの多くも1ヤード100米ドル以上するものである。中には1ヤード1000米ドルを超えるものも珍しくはないが、これにはもちろんパールやクリスタル、珊瑚やゴールドのシルクで施された刺繍などの装飾は含まれていない。縫製のパターンも平面パターンではなく、全てが身体から直接起こした立体裁断である。その上、何度もの仮縫いと直しが重ねられ、衣服の全てのラインが身体にフィットするよう、細心の注意をもって縫製される。このようなクチュールが一着完成するためには、70時間から100時間以上もの時間が費やされるわけで、それは正にファッションアートの心血を注いだ結晶と言えるだろう。一着のオートクチュールの価格はクリスチャン・ディオールであれば16,000米ドルから、シャネルのシンプルなクチュールワンピースは10,000米ドル、刺繍入りのものであれば50,000米ドル以上する。ゴルチェに至ってはスーツが25,000米ドルから、イブニングは100,000米ドルぐらいである。張國榮の全ての衣装、例えば、アンティックシェルの付いたラップスカートは、糸さえも見えないほど細かい手縫いが施されており、ジーンズに縫い付けられた魚の鱗のように見えるクリスタルは、破れた穴の周りにも一つ一つ縫いつけられている。このような衣装が、果たして巷で噂されているように5万香港ドルで手に入るものなのだろうか? そんな金額ではプレタポルテですら買えないだろう! 現在、パリのオートクチュールの顧客は全世界で200人程度、その全てがロイヤルファミリーや世界的富豪である。そして、そのクチュールを造るメゾンは25軒しかなく、どの時代に創作されたオートクチュールであろうと、ロンドンのV&A美術館かニューヨークのメトロポリタン美術館に保存されている。


張國榮的話

今回のゴルチェとの合作に関して、張國榮は次のように語った。
「彼(ゴルチェ)は、本当にファッション界の巨匠だと思う。僕は背が高くないけど、彼はクチュールのプロポーションを使って僕の欠点をカバー、逆に長所を引き出すことに成功した。『天使から悪魔へ』というコンセプトは、彼の提案によるものだった。彼は僕が多面性を持っていると感じていたので、よりよい結果が望めると思ったんだ。僕は彼に、どうしてそういう構想を思いついたのか、聞かなかった。それが信任っていうものだろ!」

 レスリー・チャンはコンサートの中で、ローズレッドのベルベットで出来たオペラコートや、メタルグレーの非常にゆったりしたシルエットのスーツを着たが、これらは本来6フィート足らずの身長で着こなせるものではない。だが、彼はこれらを堂々と着こなし、見た目にも背の低さを全く感じさせなかった。これがゴルチェの作るクチュールの素晴らしさであり、オートクチュールの妙技である。

 ラストシーズンの作品だって? もし出来るものならば、私だってかつてのサウジアラビアの王妃 Mouna Ayoubのように千着のクチュールを所有したい。そして20年前の「古着」を博物館で公開するのだ。パリファッション協会は彼女の「古着」をテーマに、オートクチュールの鑑賞についての本を書いたのだから。




(訳:小蘭)


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