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黄霑(ジェームス・ウォン)
永遠懐念CASH音楽大使 張國榮





本年4月1日、多くの寵愛を受けた哥哥張国栄がこの世に別れを告げた。

4月8日、哥哥の葬儀の席上で、目を泣き腫らした黄霑が嗚咽混じりに哥哥との深い  交友を語った。その悼辞の全文は以下の通りである。


悼辞:黄霑(James Wong)


 「2001年、Leslie張国栄は『熱・情』のワールドツアーを終え香港に戻って来ました。ツアー成功の記念パーティは香港馬会で行なわれましたが、その席上、彼と一緒に世界のあちこちを回った百人近くのスタッフ達は、一人も漏れることなく、Leslie張国栄が自ら一つずつ心をこめて選んだプレゼントを受け取りました。プレゼントの一つ一つには、哥哥が自ら書いた手書きのメッセージが添えられており、哥哥はそのプレゼントを渡すとき、スタッフのポジションの上下にかかわりなく、一人一人の名前を呼んで渡しました。スタッフの中には同姓同名の者が二人いましたが、哥哥は間違えることなく彼らを認識していました。この話はその時に実際にプレゼントを受け取った一人が、先週涙ながらに私に語ってくれた話です。彼はこのことを、プレゼントの素晴らしさゆえに憶えていたのではなく、哥哥の心遣いとして憶えていたのです。哥哥張国栄は、スタッフの一人一人をきちんと一人の人間として認め、評価していました。このような類の話はレスリーと仕事を共にした人であれば、或いはレスリーの友達であれば、聞いたことが、見たことが、親身に経験したことがあるでしょう。今、ここに座っている皆さんは、誰もが私と同じように、レスリーからプレゼントを受け取ったことがあります。そう、それは彼の心です。彼は誠心誠意をもって、我々と友人付き合いをしてくれました。だからこそ、我々の一人一人が彼の友達でいることを愛したのです。彼は本当に友達の多い人でした。それは昨夜と今日、ここに彼に別れを告げるために集まった友達の数を見れば明らかなことです。

 彼のような友達を持って、我々は本当に幸運でした。何故ならば哥哥Leslie張国栄は、天が我々に与えてくださった特別な贈り物だったのかもしれないからです。彼は本当にとても特別な人でした。その特別さは決して数え終わることがありません。一目見ただけで心が癒されると思える人なんていますか? 何故この世にこんなにも美しい人が存在することが許されたのでしょう? 陳淑芬は彼の身のこなしの全てが限りない魅力を放っていると言い、肥姐は彼には尽きることのないスターの素質があると言いましたが、彼女たちの言葉に間違いはありません。


 香港人はレスリーを見ながら成長してきました。まだデビューしたばかりの美少年時代から、我々はずっと彼が成熟してゆく様を見守ってきたのです。もし誰かが、私にこの世界に中国の文人が記したような貴公子はいるだろうかと問えば、私はそれはレスリーだと答えるでしょう。張活海氏のご子息であり、張緑萍女史の弟君である彼は、まぎれもない「翩翩俗世佳公子」でした。彼の美しく整った目鼻立ちは、まるで熟練した画家が精魂こめて描いた一枚の絵のようでした。しかしながら、彼の成功は天が彼に与えた美しい顔に頼って得たものではありません。彼はブーイングの中で成長し、そして強く逞しくなっていったのです。彼の不屈の精神は我々を感服させるに充分値するものでした。もしこれが彼のように毅然としていず、忍耐力のない普通の人間であったなら、ブーイングの嵐の中、とっくにやめていたに違いありません。でもレスリーは普通の人間ではなかった。ときには驕りとさえ映るほどの自信に溢れ、しかし同時に穏やかで親しみやすく、陽光のような朗らかさに満ちた彼の顔を一目見たら、我々の誰もが一緒に笑い出さずにはいられない、そんな人でした。しかしながら、我々は、彼がその心の奥底に、親友でさえ理解できなかった憂鬱を隠していることを知らなかったのです。

 普段の彼は、背筋をまっすぐに伸ばして我が道を行く人でした。誰よりも先に新しいものを取り入れ、その大胆さは我々を感服させましたが、大胆であると同時にまた細心でもあり、一つ一つの事柄の細部に至るまで、決しておろそかにすることはありませんでした。大胆で、繊細で、本当に人間としては最高の人でした。常に潮流をリードし、永遠に時代の先端を行く存在でありながら、もう一方では伝統を重んじる人でもありました。学友が言っていたように、先輩を敬い、後輩を愛護する人でした。私は名を成した芸人の中で、彼のように自分の後輩を大切にし、可愛がった人を見たことがありません。言葉を変えて言うならば、伝統が持つ優美な道徳観と価値観の全てが、彼の身の上に体現されていたということです。彼には持って生まれた才能があり、それは色々な面に発揮されていましたが、それだけに頼って怠けるということをせず、常に努力を続けていました。彼の仕事に対する真摯な姿勢は、彼と一緒に仕事をしたことのある人ならば誰もが知っていることでしょう。彼と一緒に仕事をするとき、あなた方は何も心配する必要はなかった。何故ならば、レスリーはいつもあなた方が求めること以上のことを、きちんと時間通りにやってくれるからです。一曲のなんということはない普通の歌が、哥哥が我々のために唱ってくれるとき、突然にして特別な、とても特別な歌に変わるのです。

 張国栄は創造者の誉れであり、神が心をこめて創った傑作でした。それなのに、こんなにも特別な人を、こんなにも素晴らしい人を、何故神は突然自分の御許へとお召しになったのでしょう? 神々の好む人間の伝説が、その者の姿が最も美しいときを留めておかなければならないからですか? そして、そうすることによって、彼の最も美しいときの姿が永遠に我々の記憶の中に残るようにですか? 或いは、神はレスリーを透して、人生はもともと無常なものであり、世俗は苦難に満ちたものだということを我々に教えようとしたのでしょうか? 素晴らしい物事は永遠に我々と共にあるものではない。だからこそ今日からは、今までにもまして愛すべきものを大切にするようにと教えようとしたのでしょうか? どうしてなのだろう? 私は本当にわからない。私にわかっていることはたった一つ。レスリーが我々にくれた宝物のようなプレゼント、そう、「彼の心」を、我々も彼がくれたように彼にあげなければいけないということだけです。

 レスリーの歌った歌の歌詞を借りて、私は今彼に一言尋ねたい。哥哥、「可会知、イ尓在我心中那イ尓美イ尓」(君が僕の心の中でどんなに美しいかわかるかい?)君は我々の心の中で永遠に特別な存在であり、永遠の伝説です。我々は永遠に君を忘れることができません。君は永遠に我々の大切な友達です。たとえ君が今どこにいようと、これからどこへ行こうと、それは永遠に変わらない事実です」



日本語訳:小蘭

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Leslie Cheung Cyber World










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