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TOPメモリー追悼の言葉英達
☆おしゃしん



『覇王別姫』で”那坤”を演じた英達が語る哥哥
「細賦如髪絲、強硬如鋼針」





 張國榮と共演したことのある多くの役者達同様、英達もまた記者のインタビューを受けたがらなかった。

「もうあんなことになってしまったんだ。今更我々に何が言えるっていうんだい・・・?」

 1992年、「覇王別姫」のクルーの中で、張國榮は主役の「虞姫」を演じ、英達は「那坤」を演じた。

 あの頃の張國榮の普通話(北京語)は、まだあまり上手いとは言えず、普段は外国生活の経験がある英達と英語で話をするのが好きだった。

 監督である陳凱歌の厳格な要求により、クルーは一日に十数シーンしか撮影することができず、それは奇しくも張國榮と英達に充分なおしゃべりの時間を提供することとなった。


細賦如髪絲  一本の髪の毛のような繊細さ

 「外界で言われている通り、張國榮は非常に繊細な人だった」英達は記憶の糸をたどるように話した。あの頃の自分は駆け出しの役者であったにすぎないが、親切な張國榮は演技に関しての沢山のアドヴァイスをくれた。例えば、英達が自分の役柄に合わせて考え出した一つの動作(右手で時々自分の髭に触るというもの)であるが、張國榮がそれに気付いてからは、まず彼の細かい演出を褒めた後、観客の注意力に影響するのでやりすぎはよくないとアドヴァイスしてくれた。

 当時「覇王別姫」の主役達は張國榮を始めとし、コン・リーに張豊穀という大物スター揃いだったが、張國榮あてのファンレターが最も多かった。英達は張國榮が毎日受け取る山のような手紙の束を見て、好奇心を感じざるを得なかった。

「私は心の中で思ったよ。あれを全部読めるんだろうかってね。ある日、一通のグリーティングカードのようなものがあって、それは北京二中の一学生からのものだった。カードの中には『私のクラスメートの誰々が張國榮の大ファンで、彼女の誕生日パーティに張國榮に参加して欲しいと切に願っています』と書いてあったんだ。それでね、張国栄は、当日この子にバースディカードを送ったんだ。我々は本当に感動したよ」

 翌年、「我愛我家」というドラマを監督した際、英達はこの出来事をもとに一回分の脚本を考えた。それは主役の少女を演じる円円は張國榮の大ファンで、彼女の誕生日の当日に本当の張國榮が現われる・・・というものだった。英達の要請のもと、張國榮は自分のマネージャーを連れて来て、一緒に出演してくれることを約束してくれた。ところが撮影の当日になって、メインキャストの一人が急用で石家村まで行かなければならなくなってしまった。張國榮はすでに北京まで来ていたが、スケジュールの都合で待つことはできず、香港に帰らなければならなかった。仕方なく、彼は英達に彼のマネージャー役を演じる役者の手配をするようアドヴァイスしてから香港へ帰った。


強硬如鋼針  鋼のような強さ

 「でも別の面から見た張國榮は、みんなが考えているほど柔な男ではなかったよ」
英達は「覇王別姫」の打ち上げパーティの席での「爆発的」場面について話してくれた。

 スタッフの中で、張國榮のヘアを担当した女性は中国京劇院の女優だったが、家庭ではいつも夫の「家庭内暴力」に遭っていた。彼女の夫も京劇の役者で、スタッフとして撮影を手伝っていた。張國榮は普段はこのことに関して何も言わなかった。だが、あの日の打ち上げパーティの席、皆酒が入って多いに盛り上がっている時に、その夫婦が敬酒に回って来ると、少々飲みすぎていた張國榮はいきなり「バン」とテーブルを叩いて立ち上がりその男を指差して言った。

「おい、お前! もし お前がもう一度でも彼女を殴ったら、香港から友達を呼んで来てお前をとっちめてやるからな!」

しんと静まりかえった会場で、その男は「兄弟、話があるなら落ち着いてしよう・・・・」と言うしかなかった。

「あの時はその場が凍りついたよ。張國榮の目つきと怒鳴り声は、あの場にいた全員を死ぬほど驚かせた。本当は、あの日はあの男の友達が沢山その場にいたんだ。みんな武将を演じる役者で、腕の立つ気の荒い連中さ。もし本当に喧嘩になったら、張國榮にとっては絶対的に不利だったね」

だけど・・・と英達は強調した。張國榮は男らしく立ち上がって、あの場にいた皆が心の中でずっと言いたかったことを口に出して言ったのさ。


 あれ以降、あの夫婦は喧嘩をしなくなったと聞く。



(訳:小蘭)













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