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TOPメモリー追悼の言葉僕は悲観主義者かもしれない
☆おしゃしん



女性ライターが、過去彼に行ったインタビューを振り返って・・・

我可能個悲観主義者
「僕は悲観主義者かもしれない」





 4月1日エイプリルフール、私はインターネットとテレビの両方から同時に、張国栄の自殺という衝撃的なニュースを知った。一つの輝ける生命が、様々な苦悩と怨恨を抱えたまま、血にまみれた肉体とともに永遠にこの世から消えてしまった・・・

 心が落ち着いてから、私は長い間しまってあった取材ノートをめくってみた。当時を振り返りながら読み返してみると、そこにはまるで何かの暗示のような答がひっそりと潜んでおり、それらは薄ぼんやりとした中から次第にはっきりと浮き上がってきた。ちょうど勢いよく流れていた水が静かになった時、息をひそめていると、かすかな叫びが聞こえてくるように。とてもかすかな、けれど、とても頑なでとても深い・・・・

 今から9年前の1994年9月10日、私は「電影故事」の編集長の委託により、陳凱歌監督の映画「風月」(「花の影」)を現地取材するために、車で江蘇省の同里に向かった。その日の夕方、同里で最も大きいプライベートガーデンである退思院の涼亭で、私と張国栄は2時間ほど話した。

 「張さん、今日は映画のお話の他、あなたと一緒に男と女について、愛と感情についておしゃべりしたいと思うのですが、いかがでしょうか?」 彼はちょっと意外そうに、でも、ちょっと興味を感じたように「ま、そりゃ話し出せば尽きない話題だね」と言った。記者の多くは取材の効率性をむき出しにし、目標に直接切り込もうとするきらいがある。私ののんびりとした態度は彼の警戒心を緩めさせたのかもしれない。この時の取材形式はフリートーキングというおしゃべりに近いスタイルを採った。この後、彼が語ってくれたことは、私の頭の中の最も深い部分に音符となってこびりついている。今、心を静めてこの時のことを思い出してみると、私は自分でも無意識のうちに一人の人間の心の深い部分に問いかけていたことに気付く。残念なことに当時は全く気がつかなかったのだが・・・・

 「男と女の愛は全然違うね。女性と男性が結婚すると、女性の愛っていうのは押さえがきかなくなるんだよ。或いはひとりでにすごく我がままになる。例えば男が外で一人の女性に好感を持ったとする。だからって別にどうしようというつもりもないのに、女はそれを許せないと思う。世界中の女性が皆そう思う。これは僕が小さい頃からずっと見続けてきたことだよ。若い頃、周りの友達もみんなこんな目にあってた。だから僕は男女間の愛は熱烈だけど、同時に残酷だと思うんだ。だって人間は永遠に寛容になりきれないからさ。激しい愛が去った後、人は皆虚しさを感じる。まあ、時の流れに任せて自分を麻痺させたりとか、最初の頃の激しい愛を懐かしみながら思い出の中にバランスを求めたりっていう手もあるけどね。気持ちはとっくに冷めちゃってるんだ。だから男女間の愛っていうのは一種の火花のようなものだと思うんだよ。一瞬にして消えてしまう火花。最初の頃の感覚をずっと保ち続けるのはすごく難しい。だけど男と男の間はそうじゃないと思う。男同士の間の感情っていうのは、もっと寛容で温かい。一種の堅い依託感があるね」

 私に取材という観点が明確に見えなかったためなのか、或いは、私がただの年取った平凡な女だったせいなのだろうか。この時の彼は、私に対して非常に率直に本音を語ってくれた。

 「現代人の愛に対する理解っていうのは、更にパーソナル化してるよね。一人一人のニーズもあるし。時には暇で退屈なのが怖いっていう理由だけで、寂しさから逃れるために刺激を求めるだけだったりする。僕はいろんな役柄を演じてきたでしょ。みんなそれぞれに愛に対する表現は違うんだけど、彼らには時として一つの共通点が見出せるんだ。それは一種の狂気だよ。命を捨ててまで追い求めようとする。でも追い求めた結果は空虚なんだ。或いは、自分がもともと考えてたのとは正反対なものだったりね。そうなると彼らはすごく虚しくなる。すごく絶望するんだよ。僕は自分でもよくそんな精神状態になることがある。例えば、ちょっとまとまったお金が入ったとするよね。そんなとき僕が一番好きなのは引越しなんだ。これは現代人の新しい物好きっていうのもあるかもしれないけどね。新しい家を買ったら、自分で設計するんだ。図面を引いて、インテリアショップを回る。家具を買って、部屋のデコレーションをする。それからプールと庭。この過程はゾクゾクするほど興奮するね。まるで一種の快楽だよ。全部完成したら友達を呼ぶんだ。みんなが「わぁ、すてき」って言う。だけど、この時の僕の気持ちはすごく変なんだよ。満足してるんだけど、心のどこかで虚しい。新しい空虚だよ。どうしたんだ? もう終わっちゃったんだよ、次はいったい何をどうする?っていう感じ。だから、だいたい2年ぐらい住むと飽きちゃうんだ。自分で自分がやってられなくなっちゃうんだよ。他人は、あなたって本当に疲れる生き方をしてるねって言う。だけど僕は人生っていうのは探求だと思うんだ。ずっと何かを探し続けて、ずっと夢を見続ける。長い長い夢だよ」

 この年の11月、私は「風月」の上海外灘でのシーンを撮影中の張国栄を再度取材するため、和平飯店を訪ねた。この日、我々はまた以前のように映画以外のことをいろいろと話した。

 「張さん、あなたはよく人生は夢だとおっしゃってますけど、あなたは悲観主義者なのかしら?」私はそう尋ねた。 「そうかもしれないね。小さい頃の環境がよかったとは言えないし、芸能界に入ってからも一帆順風というわけじゃなかった。世間の誰が僕によくしてくれたかって聞かれても、すぐには思い浮かばないよ。みんな僕のことを褒めてくれたり素晴らしいと言ってくれたりするけど、本当に最後まで僕を見捨てないのは母親でしょ。彼女が僕を生んだんだから、僕は彼女の一部分。だからもちろん僕を捨てないさ。だけど、世間にはいろんな人間がいるし、みんなそれぞれに自分の目的や必要性を持っている。だから、もし誰かが君によくしてくれたからとしても、それは表面上だけかもしれない。裏に何があるかはわからないよ。だから人間はすごく騙され易いんだ。」

  「じゃ、あなたにとって、最も許せないことってどんなこと?」
  
  「他人に騙されること、他人に馬鹿にされること」

 「あなたは人生に対しても、自分の周囲の人に対してもとても理想が高いし、完璧を求めてるようだけど、もしそういう環境が手に入れられなかったら? あなたの心で考えていることとものすごくギャップがあったら、それってすごく失望するでしょう?」

 「そうだね。そうしたら僕は壊滅という方法をとるかもね。その悪いものを投げ捨ててバラバラに壊しちゃうんだ」彼は、いたずらっぽくそう言った。今にして思えば、彼は本当に人生をかけて演技をしていたのだろう。そして芝居の中で人生を終えた。

 それから一年と少したって、私は「新上海灘」の撮影をしている張国栄と劉徳華の取材をするために、また松江車敦のロケ地に二度ほど足を運んだ。劉徳華の周りにはいつも人が沢山群がっており、沢山の記者がいつもカメラを向けていたが、張国栄は離れたところに隠れるようにいて、人と話すことはあまりなかった。今思い出すと、彼は本当にピュアで、本当に率直で、とても幼い大きな子供だった。うまく立ち回るということを学ばず、人に迎合することを好まなかった。そして、決してよく話す方ではなかったが、ひとたび話し出せばその言葉に嘘はなかった。私の頭の中には、彼のべビィフェイスに浮かんだ笑顔と、穏やかで、温かいぬくもりに溢れたハスキーヴォイスが今も焼きついて離れない。私は、彼が誠実であったと思う。自分にも、他人にも。そして、その死さえもが同じようにとても率直であった。



李 元



日本語訳:小蘭



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Leslie Cheung Cyber World















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